2008年9月アーカイブ9月27日(土)、コムズ(松山市男女共同参画推進センター)で、 松山つばきライオンズクラブ主催 第4回「-語り伝えたい-美しい日本語暗唱コンテスト」中学の部 一次審査が 行われました。
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今年の体育大会のテーマは「北京より熱く!!」であります。 わたしは,オリンピックと聞くと,あの近代オリンピックの提唱者,クーベルタンIOC第2代会長が述べた「オリンピックは参加することに意義がある。」という言葉を思い出します。 英語では,「The most important thing in the Olympic Games is not to win but to take part.」です。中3以上の生徒の皆さんはよく分かると思うのですが,オリンピックにおいて最も重要なことは勝つことではなく,参加することであるという訳になります。実はこの言葉は今からちょうど100年前の1908年,ロンドンオリンピックの際にセイントポール大聖堂で行われたミサの中で,ある主教によって語られた言葉をクーベルタン会長が紹介したものです。 この文には,続きがあって,人生において努力することの大切さ,また真剣に競技することの大切さが述べられています。 わたしたちの体育大会も,参加することに意義があるのですが,真剣に競技に参加することが最も大切なことであります。 今日1日,すべての競技において真剣に参加している姿を見せてもらいたいとお願いをしておきます。 ご父母の皆様に一言ご挨拶を申し上げます。 朝早くからお出かけいただき,ありがとうございます。今日一日,生徒たちの元気溢れるプレーに存分の拍手を送っていただきたいと思います。 51期高3生を始めとする皆さん,オリンピック開催の年にふさわしい,北京よりも熱い「ちょう気持ちいい」体育大会になることを願って開会の挨拶といたします。
本校では、教職員対象の「人権同和研修会」が行われています。
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文化祭挨拶 今年の文化祭のテーマが「破天荒」であるということを,1学期末に文化祭実行委員から聞き,昨年の文化祭のテーマが「扉」で,「扉を開いて新しい世界にチャレンジしていこう。」と述べたことを思い出しました。 扉を開いて新しい世界にチャレンジした結果,今までになしえたことのないことを達成するのが「破天荒」であるということになるでしょうか。 愛光生が,過去の文化祭でなしえたことのないことを達成するという心意気を頼もしく思い,それができる可能性を皆さんが内に秘めていることに大きな期待を寄せています。 「世界的教養人」を目指す皆さんの「破天荒」を学校の内外に示してほしいと思います。 また,人間の文化には学問,道徳。芸術,宗教,身体,生活の6分野がありますが,この6分野がどのようにこの文化祭で表現されているのかということも楽しみに見させてもらいたいと述べて,開会の挨拶といたします。 柔道部定期戦挨拶 嘉納治五郎が創始者である講道館柔道の基本理念は,「精力善用」と「自他共栄」だと聞いております。 「精力善用」とは,物事を達成するのに,自己の持つ心身の力を最善に活用するということです。また,「自他共栄」とは,人間が互いに助け合うことの大切さに触れた言葉です。 この二つの理念があったればこそ,オリンピックの正式種目になったのではないかとわたしは考えています。 柔道という道を究める上において,「精力善用」と「自他共栄」の精神を大切にしていただくことをお願いしておきます。 松山東高校と松山北高校の柔道部員の皆さん,ようこそ本校の文化祭にお越しくださいまして,ありがとうございました。熱戦が繰り広げられ,三校の友好が深まることを期待して挨拶とさせていただきます。
2時間目、中2理科(担当:佐藤晃先生)では、「えびの解剖」をしていました。
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一昨日は雨の中「第56回体育大会」が行われました。
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先週のつづきです。 ◇ では親と先生の関係で相手の立場になるということはどういうことになるでしょうか。 最近のお父さんやお母さんは高学歴で知識も豊富です。従って,授業参観をしていて,難度の高い高校生の授業も理解できる方が増えてきました。すると,つい,授業についての批評をしてみたくなるようです。批評なら良いのですが,批判になってしまうと結果はよくありません。特に皆さんの前で親が授業の批判をするとよい影響を与えることにはなりません。「To know is one thing; to teach is another.」 つまり知っていることと教えることは別物であるということを理解していただくということが,相手の立場になるということでしょうか。 それでは先生が親の立場になるということはどのようなことでしょうか。 親が本校に生徒をよこしてくださるのには,相当の金銭的負担を強いられます。また,寮生ならば,寮生活の魅力はあるものの親子が離れて暮らすことを余儀なくされます。そこまでして,子どもを預けてくださっているということを理解することが親の立場になるということでしょうか。また,わが子であれば,どのように指導をするだろうかと心をめぐらすことも親の立場になるということになるでしょう。 次に生徒が先生の立場になるということですが,これはとても難しいことかも知れません。それでも,授業準備,課題のチェック,テストの採点,クラスの生徒との面談,部活の指導,寮訪問などの仕事量を考えるとある程度は教員の立場を想像できるのではないでしょうか。先生方は,この中でも特に授業準備に最大の努力をしていることは容易に理解できると思います。 わたしが本校に赴任した32年前と比べると,先生方の仕事の量は2倍あるいは3倍になっているのではないでしょうか。 それでは,先生が生徒の立場になるということはどのようなことになるのでしょうか。 先生方もかつては生徒だったわけですから,それぞれの場面で,皆さんがどのような気持ちでいるか分かると言いたいのですが,教職に就くと,生徒には個性があって50人いれば50通りの考え方をするということにすぐ気付くことになります。しかも自分とは価値観が違うということにもすぐ気付きます。すると,50人いれば50通りの接し方があるのではないかということに思い当たるのです。個人面談は生徒の皆さんの状況を理解するために大切なものですが,50人のクラスで50通りの接し方を教員が学ぶためにも大切なものではないかとわたしは考えることがあります。そのような考え方をすれば,生徒の立場になるということになるのではないかと思います。 以上,親と子と先生の教育の三位一体で「相手の立場になって物事を考える。」ということについて述べてきましたが,当然生徒と生徒,親と親,先生と先生という立場もあります。皆さんに直接関係のある生徒と生徒の立場で言えば,「自分が人にされたくないことを人にもしないようにしよう。」というような消極的な態度ではなく,相手がどのようにしたら喜んでくれるのだろうかということを考えることのできる人間になってほしいと思います。それこそが,わたしたちが理想とする「愛と光の使徒」の姿であると思うからです。 また,皆さんと社会とのつながりでも,相手の立場になるということは大切なことです。 皆さんが行動を起こす前に,少しの間立ち止まって,自分の行為が相手の立場になっているのかどうかと考えをめぐらしてくださることをお願いしておきます。 さて,2学期は文化祭,体育大会の2大行事がありますが,クラス,学年,学校のティームワークを発揮するよい機会であります。それぞれの立場で頑張ってくださることをお願いします。 また,高3生は体育大会が終わると受験に向けてまっしぐらに進むことになります。体育大会は大いに燃えていただきたいのですが,その後,直ちに態勢を立て直すことができるよう,気持ちをうまく切り替えてくださることをお願いして2学期始業式の挨拶といたします。
グランドに設置されたステージではさまざまなイベントが行われました。(写真は仮装コンテストのようです)
いよいよ明日13日、文化祭が開催されます。
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今日は15日(月)に行われる体育大会の練習が行われました。
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昨日に引き続いて高3生の放課後の様子を紹介します。ただし昨日とは内容が正反対です。
高3生の放課後は忙しい2の続きを読む
今日は6時間目終了後の高3D組(担任:一色康孝先生)に行ってみました。
高3生の放課後は忙しいの続きを読む
「チュータのひとりごと」は2000年の10月22日(日)に「教務のひとりごと」としてスタートしました。このたび,OA主任の八代昌平先生と総務部長の和田誠先生の厚意で,ホームページに「教務のひとりごと」と「チュータのひとりごと」を初回から掲載していただくことになりました。「チュータ日誌」の画面の左にある「過去のチュータのひとりごと」をクリックしてください。過去のすべての「ひとりごと」にアクセスできます。 2学期最初の「チュータのひとりごと」は始業式の挨拶を掲載いたします。紙面の都合で2回に分けて掲載いたします。 ◇ 後期補習,校内模試,そして実力考査が終わり,2学期の始業式を迎えました。夏休みを計画通り過ごせた人もいるでしょうが,うまくいかなかった人もいることと思います。計画通りに過ごせなかった皆さんは,なぜうまくできなかったのかということをチェックして失敗の繰り返しにならないよう工夫をしてほしいものです。 さて1学期の終業式で,愛光学園の向かう方向ということで本校の使命,そして今年度の教育目標について話をさせてもらいましたが,教育目標の一つ,「公共心の育成」ということで,現在の日本の教育に欠けているものの一つ,「相手の立場になって物事を考える。」ということについて話をしようと思います。 現在の日本の教育に欠けているものの一つとして,「相手の立場になって物事を考える。」ということがよく指摘されます。 教育の世界ではこの立場が,大きく分けて三つあります。 それは,親という立場,生徒という立場,先生という立場であります。 この「親と子と先生」を教育の三位一体と呼んでいるのですが,今日の始業式では,この三者が相手の立場になって物事を考えるということはどういうことになるのかという話をしましょう。 先ず,親子の関係で親が子の立場になるということはどういうことでしょうか。 わたしは,地区別懇談会で,特に上級生の皆さんのご父母に,子どもの成績がよくなかったとき,「この成績は何だ。こんな成績しか取れないのなら学校をやめてしまいなさい。」とストレートに叱らないでいただきたいとよくお願いをします。成績が悪いということは,生徒本人が一番よく分かっていて,「しまった,次には何とかしなくては。」と心が傷ついているときに,親から傷に塩を擦り込むようなストレートな言葉を受けると,つい暴発してしまうことになるのです。このようなことを繰り返していくと,親子関係は破綻してしまいます。 親は自分の子どもであっても,今,子どもの精神状態がどのようであるかということを理解して,子どもの立場に立った上で適切な言葉をかけるということが必要になるのです。 それでは子どもが親の立場になるということはどういうことでしょうか。 皆さんがこの世の中に存在するということを考えればすぐに解答が出てきます。 皆さんは自分の意思ではないにしろ,両親がいてこの世に生を享けているのです。つまり両親がいて君たちがいるのです。この順序を変えることはできません。木で言えば,根っこが親で,枝先が君たちです。君たちを根でしっかりと支えているのが親なのです。親は根の働きをするべく,毎日,社会に出て,あるいは家庭を守って奮闘しているのです。そのことに気付けば,感謝の気持ちが自然と湧いてくるはずです。 自分のことについて語るのはどうかとは思いますが,わたしは瀬戸内海の興居島という島で生を享けました。戦後間もない頃でありますから,まともな医療などはありませんでした。母親は,わたしを産むと自分の命がないかも知れないと言われたそうですが,産むほうを選んでくれました。お陰でわたしはここに存在しているのです。これだけで十分ではありませんか。君たちを産んでくださった親に感謝の気持ちを忘れないでいただきたい。それが親の立場を理解したということになるのではないでしょうか。 つづく 始業式では山岡先生(生徒部長)からの諸注意もありました。
本日は一時間目に体育館で始業式が行われました。
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