親愛なる55期生の皆さん,
―― 挨拶省略 ――
昨年10月の愛光学園創立60周年記念式典において,「世界的教養人」と「愛と光の使徒」について触れましたが,創立60周年の記念すべき卒業式となるこの機会に,このことについて,もう一度触れておきましょう。
愛光学園の設立目的は,
「カトリック精神に則り,カトリック聖ドミニコ修道会の教育方針に従って,世界的教養人を育成すること。」であります。
初代理事長ヴィセンテ・ゴンザレス神父様が創立にあたって,初代校長田中忠夫先生に次のような期待を寄せています。
―― 学校設立の根本的精神について,カトリックの精神に則り,ドミニコ会の精神に従って,道徳的な点に力を入れて,新時代の日本にふさわしい全人教育を青年たちに与えるということ。このことを学校の基本方針にしたい。――
この初代理事長ヴィセンテ・ゴンザレス神父様の強い思いを受けて,初代校長田中忠夫先生が,「われらの信条」を起草したことは想像に難くありません。
「われらの信条」の中に謳われている世界的教養人とは,一流の難関大学にも入学し得るような深い知性と,世界のどこへ出しても恥ずかしくないような高い徳性を兼ね備えている人物であります。
「われらの信条」は,イギリスの社会学者であり,そして哲学者であるハーバート・スペンサーが主張する知育・徳育・体育の中の,特に知育と徳育に力を入れるという,愛光学園が社会にアピールする誓書,つまり誓いの宣言文でもあるのです。
深い知性の面では6年間,あるいは3年間,皆さんの一人ひとりが主体的に学ぶ姿勢を堅持しつつ,各教科の先生方にしっかりと鍛えてもらいました。
また,高い徳性の面でも,神父様や学級担任,そして教科担当の先生方の教えを受け,さらには,ご父母をはじめとするご家族のよき導きによって,宗教的倫理観及び世俗的倫理観が磨かれたことと思われます。
わたくしも,皆さんの中学1年次に,週に1時限ではありましたが,英語2を担当し,チュータブック,パワーポイント,そして幼児用のキーボードを用いて,リズムで学ぶ英語を中心に学問の基礎の手ほどきをし,皆さんの知性の一端を磨かせていただいたことが,つい昨日のように思い出されます。
徳性を磨くという点でも,始業式や終業式,さらには入学式,卒業式等で様々な話をしてきました。
今日の卒業式という記念の日に,皆さんの徳性を磨くということに少しでも役立つのではないかと思い,「失敗が人生をより豊かにする。」という話をしてみたいと思います。
お茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古氏は,『傷のあるリンゴ』という著書の中で次のように語っています。
「試験で合格するのはいいこと,不合格になるのはつらいことである。しかし,落ちる人がいるからこそ,合格者がある。落ちる人をなくしたら本当の合格者はいなくなってしまうだろう。落ちる人は胸を張っていいのだ。」
さらに,「あらゆる入試をすべて一度でパスするような秀才,才媛もいないことはないが,一生を終えるころにたどり着くところは案外,平凡なものである。それに引きかえ,試験に落ちて進路変更を余儀なくされたような人が,悪戦苦闘,傷だらけになって走る人生マラソンのゴールはおどろくほど見事である。失敗は幸運の女神の化身であると考える人がすくないのは不思議である。傷のあったほうがうまいのはリンゴにかぎらない。われわれは不幸,失敗の足りないことをこそおそれるべきである。」と述べています。
わたしはここにいる卒業生の皆さんが全員,東京大学や国公立大学医学部をはじめとする第1志望大学に現役で合格してほしいと心から願っています。そのために,親と子と先生の教育の三位一体で,力を合わせてここまでやってきたのですから。
前期試験が終わり,間もなくその結果が出ます。それぞれの大学の格に合う結果が出ることを祈っていますが,現実には,何らかの事情で不合格の人も出ることになるでしょう。その時に,「傷のあったほうがうまいのはリンゴにかぎらない。われわれは不幸,失敗の足りないことをこそおそれるべきである。」という外山滋比古氏の言葉を思い出してもらいたいのです。
失敗があったからと言って,簡単にあきらめるのではなく,まずは現役合格を目指して,最後の最後まで後期試験にチャレンジする精神を忘れないでいただきたい。
数年前に前期試験で東京大学に不合格であった生徒の父親が,本校のホームページに掲載している「チュータのひとりごと」で紹介した卒業生の話を読み,ご子息にお話ししたそうです。
それは,「わたしが東京大学に入学させたたった一人の生徒」というタイトルで掲載しているものです。
内容を紹介しましょう。国立大学と私立大学に合格したわたしのクラスの生徒が,私立大学に手続きをしたために,東京大学後期試験の受験資格が残りました。そこでわたしは,この後期の受験資格を生かすべきだと彼を説得しました。最初は私立大学への合格手続きも下宿も決めてきたので,東大受験をする気持ちはないと言っていました。しかし,長い電話の説得に,とうとう,「先生がそこまで言うなら。」と,東大の後期試験にチャレンジし,見事に合格したのです。
この話を読んで,お父様が子供に聞かせたところ,その子は「その時に合格した生徒と自分とは違う。」と応えたとのことでした。しかし,この生徒も最後まで頑張った結果,後期試験で東大に見事に合格したということを,後日,お父様から聞きました。前期で失敗しても,後期のチャンスがある生徒の皆さん,勝負はまだついていないのです。何が何でも合格するという執念をもって,大学入試にチャレンジしてほしいとお願いをしておきます。