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チュータのひとりごと

2001年9月アーカイブ

教務のひとりごと(35)

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 同窓会

 先週のテーマは「島から通学した高校の思い出」であったので,今週は,島の中学の同窓会について紹介してみようと思う。

 中学を卒業するとき,同学年の生徒がたしか120名くらいいたように記憶している。

 いつの頃かよく覚えていないのだが,誰かが言い出して,同窓会をやろうということになった。たまたま世話を引き受けてくれるTさんという女性が島に住んでいたお陰で事は順調に運んだ。

 以来,毎年2回,お盆と正月に会が開かれるようになった。毎回20~30名くらいの参加があり,男女半々で,話題は中学時代の想い出である。

 同窓会でのお互いの呼び名は中学時代のままである。わたしの呼び名は「みっちょちゃん」である。名前が道郎(みちろう)であることから,そう呼ばれるようになったらしい。ちなみに「チュータ」は,教員になってから生徒によってつけられたニックネームである。

 この「みっちょちゃん」という呼び名は何ともいえないほど心地よく耳に響く。「みっちょちゃん」と言われると,すぐさま中学時代にタイムスリップするのである。54歳になったいい大人が集まって,中学時代の呼び名で呼び合う光景は,他の人たちが見ると,滑稽に思うだろう。もちろん呼び名だけではない。会話は子供のころの無邪気で懐かしい島言葉である。

 この日を楽しみに,九州や京阪神,名古屋からも松山に帰ってくる。そして会は午後の6時から夜中の1時近くまでおしゃべりと歌が続いて盛り上がる。誰も帰ろうとしない。そして別れるときに,半年後にまた会おうと声を掛け合う。今や年2回の同窓会は,まさに明日への活力を養う場となっている。

 愛光の卒業生もよく同窓会を開いているようである。わたしもときおり出席するが,男子ばかりで殺風景であることは否めない。

 来年から女子が入学してくることになると,同窓会の雰囲気は少し違ったものになってくる日もそう遠くはあるまい。
 

教務のひとりごと(34)

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 2次方程式 

 生徒と面談をする時に,生徒を励ますために自分の経験を話すことがあるが,そのうちの一つに,あまりにも強烈な思い出として残っているエピソードを紹介したい。

 わたしは小,中学校を松山沖にある興居島(ごごしま)で過ごした。学校は島内にあり,小学校は500名,中学校は350名ほどの生徒がいたが,今では過疎化が進み,中学校はわずか30名ほどになっているらしい。

 松山の高校に入学し,最初の数学の試験で,2次方程式が出題された。これにはとても驚いた。島の中学では2次方程式なるものは,耳にしたこともなかったし,xに答が二つあるとは,夢にも思わなかったからである。

 この時の数学の点数が37点であったことは,いまだに脳裏に焼き付いている。当時,「欠点」(赤点とも呼ばれていた)が40点であったので,まぎれもない「欠点」であり,落第点である。この時のショックで,数学の悪夢にうなされて目のさめることが,30歳くらいまで続いたのであるから,そのショックの大きさが,どの程度であるかが分かってもらえるだろう。

 この37点にびっくりして,とにかく猛烈に数学の勉強をした。日曜日以外は3時間~5時間くらいの睡眠で,毎日数学の問題を解きまくったのである。よくあのような睡眠時間で体がもったと今でも不思議に思っている。ただ,体育の時間に全力疾走をすると,吐き気を催すのには閉口したが。

 その時の数学の教科書はまだ大切に保存している。破れた箇所を補修するのに紙を貼り付けているが,その紙に「数学に勝つ」と書いてあり,当時の自分の気持ちがよく表れている。

 その後のテストでついにクラスの最高点を取ることができた。この時,やればできるという自信が身につき,それが今の自分を支えている。この37点がなかったら,現在の自分はないと言ってもよいであろう。従って,わたしにとっては,37点は燦然と輝く点数であると言ってよい。

 人生の中でこの時くらい必死で勉強をしたことはない。人間どこかで,ふんばらなくてはならない時期がある。その時期を逃してしまうと,改めてその機会がやってくることはないような気がする。

 高校時代はまさしくそのような時期ではないかと個人面談でよく話題にすると,生徒はうなずいてくれるのである。
 

教務のひとりごと(33)

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 ものを生かす言葉

 先日親しくしている先生から,「水の本」という書物の中に,水に優しい言葉をかけていると,その水が良い水に変わり,逆にいやな言葉をかけるとその水は早く悪くなるということが書いてあると言われた。

 わたしは,そのようなこともあるかもしれないと思ってはいたが,あまり気にとめていなかった。

 ところが,わたしと一緒にこの話を聞いていた小学校の先生が,ほんとうかどうか,ある実験をしたという。

 この小学校の先生は,家庭科の調理で残ったごはんを二つの容器に分けて,片方の容器のごはんに向かって,やさしい,きれいな言葉をかけつづけ,もう一方の容器に入れられたごはんには,人がいやがる,きたない言葉をかけつづけたという。すると,後者のごはんが早く腐ってしまったというのである。この先生は,驚いて「水の本」を書いた著者に会いに出かけたそうである。

 このことについて,科学的にどうなのかは分からないが,親や教師が子供に向かってかける言葉も,子供の心に大きな影響を与えることがあることを,親や教師が意識していなければならないように思う。

 子供にかけた何気ない言葉が,子供を励ましたり,やる気を起こさせたりする。子供の個性に応じて,かける言葉に配慮のいきとどいた対応のできることが親や教師に求められているのである。

 わたしはどちらかというと,このような配慮が足りない教師であったような気がしてならない。今なお,個々の生徒に言葉をかけることのむつかしさを痛感している。

 

 

教務のひとりごと(32)

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木の根

 建設工事のため,掘り起こした中庭の木の根を見て,ふと思い出したことがある。これも以前,面談の時に生徒に話をしたことである。

 どのようなものでも,目に見える部分と目に見えない部分がある。木の根がわれわれの目に触れることはほとんどない。しかし,掘り起こしてみると,根の素晴らしさが分かる。

 目立つことがないからといって,いい加減な働きをしていれば,強風に倒れてしまうであろうし,上に伸びていくこともできない。われわれの目に触れないところで,しっかりと木を支えるという役割を果たしているのである。

 学習にも似たようなところがある。人の目に触れないところで,こつこつと努力を積み重ねる。それが成績という目に見える結果になって現れてくる。

 わたしは生徒に「受験で奇跡は起きない」といつも言明している。努力を重ねた者が勝利の栄冠を得,やらなかった者は不合格となって浪人となる。

 自分がやっただけしか自分に戻ってこないから,人は懸命に努力する。人生に無駄はないとよく言うが,それは行動を起こした者にのみ言えることであることを忘れてはなるまい。

 人間関係にしても目に見えるお互いの振る舞いではなく,目に見えない思いやりとか気配りが,それを構築しているように思われる。

 自分の身の周りで起こっている出来事が,目に見えるものよりも目に見えないものによって支配されているのではないかと思いをめぐらしてみると,興味深い事実に気付くはずである。

 

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